昨晩、日本列島を春の嵐が通過した。
東京では、明け方、ものすごい風雨で目がさめるほどだった。
その嵐が過ぎ去ったあとは、暖かな日差しが差し込み、穏やかな一日となる筈だった・・・

お昼前に大阪の友人から悲しい知らせが届いた。
予想もしていなかった方の訃報。
アクションラーニングの勉強をとても熱心にされ、ご自身のお仕事にも活用されていた。
また紳士であるS氏は、手品で皆を楽しませてくれ、暖かい心の持ち主であった。

まだ55歳の若さ。
少し体調を崩されていたので、時々、メールでおしゃべりをしたりしていた。
「素敵なホームページになりましたね。アクションラーニングのことが、詳しく書かれていて、
わかりやすくなりましたね」というのが、2月末におしゃべりした最後のメールになってしまった。

技術屋さんらしく、細かい作業がお好きで「定年になったら、プラモデルをゆっくりと作りたいんだ」とおっしゃり、たくさんのプラモデルを購入されてた。時間を気にせずに製作できる日を夢見ていらしたことだろう。

まだまだ、やりたいこともたくさんおありだった筈。
春の嵐とともに、S氏は天国へ旅立たれてしまった。
早すぎる・・・

S氏が教えてくださったこと・・・それは「今を大切に」ということのような気がする。
ご冥福をお祈りしたい。

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3月に入ってすでに1週間が過ぎました。
この間、温かい日と寒い日が繰り返し訪れ、まさに「三寒四温」。
しかし「三寒四温」とは元々中国や朝鮮半島で言われている言葉のようです。
本来は真冬の言葉で、シベリア高気圧の強弱の周期を言っていたようです。日本では、冬から春の時期、低気圧と高気圧が交互に通ると、低気圧が来る前に暖かくなって、通過すると寒くなる・・ということを繰り返すため、この「三寒四温」が合っていたように思え、日本独自の言葉として広がったようです。

このように「言葉」は生きていると、常日頃感じます。そして、「言葉」は変化していくものだということも感じます。
たとえば、「立ち上げる」という言葉。これは、コンピューターや機械用語だったものが、現在は何にでも使われるようになりました。
「会社を立ち上げる」「新規事業を立ち上げる」・・・

ただ文法的に言うと、自動詞(立つ)と他動詞(上げる)の組み合わせは日本語の使い方としては一般的ではなく、美しさや「言葉」の奥深さが失われているように思う方もいらっしゃるようです。

確かに何でも「立ち上げる」で済ませてしまうのも、「言葉」が貧弱になってしまうように感じます。そのとき、そのときで適切な「言葉」を選んで伝えていくことを培っていきたいと思います。
私の文章は、はたして適切でわかりやすい「言葉」で書かれているのでしょうか・・・?
常に気にかけてまいりたいと思っております。

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二人のカナダの心理学者が、競馬場にいる人々について興味ある事実を見出しました。馬券を買った直後では、買う直前より、自分が賭けた馬の勝つ可能性を高く見積もるようになっていたのです。もちろん、その馬が勝つ可能性は現実には全く変わっていません―――同じ競馬場だし、同じコースだし、同じ馬です。しかし、ひとたび、馬券を買ってしまうと、馬券を買った人の心の中では勝つ見込みが明らかに高まっていました。このことは、一見奇妙に思えるかもしれませんが、この劇的な変化はありふれた社会的影響力の武器と関係があります。他の影響力の武器と同様、私達の中に深く横たわり、静かな力をもって私達の行動を導きます。もっと、簡単に言えば、自分が既にしたことと一貫していたい(そして、一貫していることを見てもらいたい)という、ほとんど強迫的ともいえる欲求によるものなのです。ひとたび、決定を下したり、ある立場を取ると、そのコミットメントと一貫した行動を取るように、個人的にも対人的にも圧力がかかります。その圧力によって、私達は前の決定を正当化するように行動するのです。

「影響力の武器」 -なぜ、人は動かされるのか-   ロバート・B・チャルディーニ 著 より

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